江戸時代には加賀藩は吉久(よしひさ)に御蔵(米蔵)を建設し、庄川と小矢部川の水運
を利用して集めた米を御蔵に一旦集積した後、大阪や江戸へ回送し換金していました。
現在残されている吉久の町並みは、高岡から放生津(ほうじょうづ)に通じる街道にあっ
た御蔵の後背地に発達した町です。幕末から昭和初期にかけて建設された伝統的な商家の
建物が多く残り、僅かに湾曲した道筋の両側に切り妻造り平入りの町屋が連なります。町
並みは出桁造りで格子を備えた家が多くあります。
交通 :万葉線新吉久駅から徒歩3分 能越自動車道高岡ICから20分 |