高岡市生涯学習センター
林忠正(1853-1906)
一番町の外科医長崎家の二男として生まれました。富山藩大参事林太仲(はやしたちゅう)の養子となり、藩の貢進生として、現在の東京大学へ入学しました。明治11年(1878)のパリ万国博覧会の通訳としてフランスへ渡った後、美術商となり浮世絵などの日本美術の紹介に力を注ぎました。
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