高岡市生涯学習センター
五十里4ヶ村を救った男の話
弘化2年(1845)は、8月というのに大雨が続いた年でした。本村、板屋、道重、百橋の4ヶ村からなっている五十里村では、用水をまかなっている水の宮の堤が、濁流で決壊しそうになりました。その時、板屋の「宗右衛門」の息子、弥五郎が、大のみ(のみは栓のこと)を命がけで抜いてくれたおかげで、4ヶ村が助かったといわれています。/参考文献『高岡の伝承』他
制作者:高岡市教育委員会